博報堂が手がけた革新的なプロジェクトやクライアント事例を厳選してご紹介する連載「Hakuhodo Showcase」。最新のマーケティング戦略からクリエイティビティあふれるコミュニケーション手法、事業開発、社会実装のケースまで、担当したプラナーやクリエイターによる解説を交えてご紹介します。第三回は株式会社LIXIL(以下 LIXIL)とサントリー食品インターナショナル株式会社(以下 サントリー食品)が共同開発した「Greentap(グリーンタップ)」の舞台裏にフィーチャー。蛇口をひねるだけで冷たいミネラル in ウォーターを楽しめるというまったく新しいサービスがどのように生まれたのか、プロジェクトの中心人物にお話を聞きました。

写真右から:
サントリー食品インターナショナル株式会社 ブランドマーケティング本部でGreentapのプロジェクトリーダーを務める小西佐和子さん
株式会社LIXIL 水栓事業部 水栓商品部でブランディングやプロモーションを担当する戸田多美さん
Greentapの商品開発やブランドづくり、クリエイティブをサポートする博報堂 クリエイティブ局の山﨑博司
「Greentap」について

Greentapは、LIXILの浄水カートリッジでろ過した水道水に、サントリー食品が開発した植物ミネラルエキスをプラスすることで、おうちの蛇口をひねるだけで、雑味がなく冷たくておいしい「ミネラル in ウォーター(※)」を楽しんでいただけるサービスです。水道水がもっとおいしく、もっと便利になったら、どんな暮らしになるだろう?そんな想いのもとに開発されました。
※飲用水に、サントリー食品が独自開発した植物ミネラルエキスをプラスした水のこと。この商品のミネラルとはナトリウムのことです。
https://www.greentap.jp/
新たな水のサービスを創造したサントリー食品と、LIXILの"悲願"をマッチング
-はじめに、プロジェクトがスタートしたきっかけを教えてください。
小西:サントリー食品は、清涼飲料水を国内外で販売していますが、多様な価値観を持ったお客さまのニーズに応えられるよう、ペットボトル以外でもお水を届ける手段を増やしていきたいと考えました。はじめに研究開発部門が植物ミネラルエキスを開発し、それを使ったプロジェクトをキックオフしたのがいまから5年前になります。

山﨑:我々はその競合オリエンに参加し、プロジェクトのスタートから並走させていただきました。はじめの2年くらいは、どんなターゲットの方にどんな需要があるのかを調査しながら、ポット型や蛇口の先端につける浄水器なども検討していたんですよね。
小西:はい。でも調査を進めるなかで、初期コストが高くても料理に使いやすい蛇口型がほしいというニーズが見えてきました。はじめは自社で水栓を開発しようと考えましたが、住宅設備業界に参入する難しさや蛇口をつくることの難しさに直面。やはり、業界のプロフェッショナルで私たちの想いに共感してくださる企業さまとご一緒したいと考えていたとき、博報堂さんの紹介でLIXILさんと出会うことができたんです。
山﨑:博報堂はもともとLIXILさんとのお取引がありましたので、営業を通じてお話ししたところ、とてもおもしろい取り組みなのでぜひご一緒したいとご賛同いただいて。トントン拍子で話が進んでいきました。
僕がすごく印象的だったのが、打合せの際にLIXILのご担当者さまが「これはLIXILにとっても悲願だった」とおっしゃったこと。これまでLIXILがつくってきたのは基本的にマイナスをゼロにする商品だったと、つまり水道水を綺麗にしてご提供できても、それをおいしくすることはできなかった。それがサントリー食品さんとご一緒することで実現できるのではないかとおっしゃっていたんですね。この一言が2社を結びつけた象徴的な言葉だったように思います。

戸田:まさしくそうですね。我々の水栓事業はただ蛇口をつくるだけでなく、そこから出る水をいかにお客さまにとって価値のあるものにするかを常に考えてきました。独自の浄水カートリッジを使った浄水栓に力を入れていますが、どうしても自社だけでは"おいしさ"まで辿り着けない。そのヒントをサントリー食品さんにいただくことができたと考えています。
ブランドピラミッドづくりで生まれた「優しさの先回り」というキーワード
-Greentapのプロジェクトを推進するにあたって、とくに力を入れて議論したことは何ですか?
山﨑:ブランドピラミッドをつくったり、ブランドの人格を規定することに時間をかけました。記憶に残っているのは「夫婦にとっての頼れるパートナーのような存在になってほしい」という言葉が出てきたときですね。
小西:私も含めてチームメンバーに子育て世代が多いこともあって、キッチンに立つときってほとんど戦場だよねと。そんなとき、「もうやっておいたよ」って言ってくれるような、頼れるパートナーみたいな水栓があったらいいなって話していたんです(笑)。それを「優しさの先回り」と表現してくれたのが山﨑さん。私たちの想いをうまく言語化して、開発に活かしてくれるんです。
山﨑:Greentapはエキスがなくなったらミネラルボトルやフィルターの交換が必要になるのですが、自分で残量をチェックすることなく、自動注文できるシステムを取り入れました。
小西:台所の洗剤がなくなったときも、「買っておくね」と言われるより「買っておいたよ」と言われた方がうれしいじゃないですか(笑)。
-ブランドピラミッドをつくるのは大変な作業だったのでは?
小西:議論をスタートしたのはまだLIXILさんとの協業がはじまる前、ちょうどコロナ禍だったんですよね。博報堂さんと弊社のメンバーが30人ぐらいオンラインで集まって、何十時間もかけて議論しました。LIXILさんとの協業が決まってから、さらに何度もブラッシュアップしましたよね。
戸田:そうでしたね。最初のお打合せがピラミッドの説明からスタートしたのを覚えています。その後も数年かけてブラッシュアップして、現在の形ができあがりました。

文化の異なる2社をつなぎ、ボタンの掛け違いを防ぐためのマネジメント
-チームをどのようにまとめて行ったのでしょうか?
山﨑:博報堂の営業メンバーが中心となってマネジメントしてくれました。
戸田:会議をリードしていただいたり、PMOの役割は完全に博報堂さんに担っていただきました。
-大きなプロジェクトを協業で進めるにあたって、大切にしたことなどありますか?
山﨑:とにかくいろいろな仕事が同時進行するので、調査、デザイン、プロモーションなどそれぞれの業務をユニット化して走らせながら、小西さんや戸田さんが横断して統括するという形をとっていました。
小西:それぞれのユニットとブランドピラミッドを共有しながら、ブレのないよう進めていきました。毎日のように定例会を行なっていましたし、本当に長い期間取り組んでいるので、何をどこまで合意しているのかが明確になっていないとすごく困るんです。2社でやっていることもありますし。そこは博報堂さんに通称「合意非合意ペーパー」なるものをつくっていただいて、手厚くフォローしていただきました。

-「合意非合意ペーパー」というのは?
小西:もう論文みたいでしたよね(笑)。プロジェクトの目的からコンセプト、目指す姿などあらゆる定義をまとめてくれたり、議論のなかでふわっと終わってしまったものを明文化してくださるんです。
山﨑:たとえばターゲットという言葉ひとつとっても、使う人や企業によって定義やイメージするものが違ってきたりしますよね。そういう小さなボタンの掛け違いをなくすためにも必要なことだと弊社営業が考え実行してくれました。やはりそれぞれ歴史を重ねた企業さまですし、2社の間のズレをなくしていくのも我々の仕事。ブランドピラミッドに時間をかけたことも、その入り口として必要なことだったと思います。
戸田:おっしゃる通り、会社によって言葉の定義も違えば常識も違うので、両社を擦り合わせるためのヒントを博報堂さんにはたくさんいただきましたよね。
ブランドピラミッドをつくったこともすごく重要で、常にそれに立ち返りながら企画・開発を進めてきたのですが、実際開発をするユニットはすごく苦労したと思います。

-具体的に苦労されたことを教えていただけますか?
戸田:たとえば、蛇口をひねっただけでおいしく冷えた温度で出てくるというのも「優しさの先回り」を具現化する機能ですが、これまでLIXILにはなかった機能。日本の厳しい品質基準をクリアしながら開発することは非常に難しかったです。キッチンの内側に設置できる省スペース設計であることに加えて、冷たい水をたっぷり使える容量を確保するのは大変でした。熱や振動の問題などクリアすべき課題がたくさんありました。

小西:はじめは冷やす構想はなかったですもんね。でも調査を進めるにあたって、蛇口をひねってすぐに冷たい水が出るということに価値を感じていただけることがわかりました。やはりお客さまに驚きをお届けするには、冷たいという価値までプラスしたいと考えてトライしていただいたんです。
戸田:給湯器のお湯は出てくるまでで少し時間がかかりますが、これはひねってすぐに約10℃の冷たいお水が出るんです。まさにWOW体感。本当にたくさんの人の努力があって実現したプロダクト。今日は私が表に出ていますが、企画・開発やデザインなど各ユニットのメンバーがすごく頑張ってくれたんです。
共通言語を持って同じ世界を思い描くための「一枚絵」が重要だった
-社内のみなさんの協力があってこそ、実現したのですね。
戸田:そうですね。プロジェクトに関わる人たち全員が、 いかに同じ気持ちでゴールに向かえるかがとても大切。ただ新しい水栓をつくるのではなく、「水と生きる」を掲げて真剣に水と向き合っていらっしゃるサントリー食品さんと「新しい水の文化をつくるんです!」という理念から一緒に創り上げ、それを共通言語化して同じ世界を思い描くという意味では博報堂さんの力も大きかったです。
小西:開発を進めるうえで、博報堂さんにはこのプロダクトを象徴する「一枚絵」を何度もつくっていただいたんです。最後の最後に「日本の水道水をテクノロジーの力で好きな飲み物に変える」という言葉を考えてくださって。それですべてのクリエイティブがまとまりましたよね。

山﨑:目指す世界を表現するために「一枚絵」をつくる、というのはやはりサントリー食品さんの文化ですよね。それがあることでみんなブレずにひとつのゴールに向かうことができたんだと思います。
こういうプロジェクトってどこかで行き詰まってしまったり、立ち消えになってしまうことも多いんです。でも今回は、とにかくみなさんの熱い想いがあったからこそ実現できた。
いままだ世の中にない「未来」をつくっているからこそ、まず言葉やイメージが先にあって、そのビジョンを先導していくことが必要なんだというのも、僕にとってひとつの気づきでした。
ブランドピラミッドをつくったときの「優しさの先回り」もそうですし、「LIXILの蛇口に、Suntoryのおいしさがやってきた!!」というコピーをプレゼンしたときも、みなさん「こういうことなんですよ!」と言ってくださって。モヤモヤしたものが晴れたというか、プロジェクトが動いた瞬間だなと感じましたね。

-そういった言葉の開発という意味でも、これまでのキャリアが役立っていると感じますか?
山﨑:そうですね。広告をつくっているとどうしてもキャッチコピーやCMのナレーションという表現の部分が注目をされますが、その技術は商品開発や事業開発にも活かせるもの。僕はブランディングやパーパスづくりにも多く携わっているので、日頃の業務の経験が役立っていると感じます。
オリエンをもらって何か提案するというより、長い期間をかけてみなさんとの対話をしながら進めていく仕事が好きですし、このGreentapもすごくチーム感のある仕事でやりがいがあります。

-最後に、Greentapの今後の展望を聞かせてください。
戸田:がんばって製品を生み出すところまで辿り着きましたので、これからはどんどんGreentapの裾野を広げて、「蛇口からミネラル in ウォーターが出る」というのを当たり前の世界にしていきたい。このチームで新しい水のスタンダードをつくっていきたいと思います。
小西:おうちの蛇口は、毎日使うもの。お客様の毎日の生活を少し笑顔にできるサービスを作り出したいと思い、5年間皆さんと全力で走り続けてきました。私自身もGreentap活用していて、ご機嫌においしいお水を飲める生活をしています。一人でも多くの方にこのサービスをご利用いただけるよう、ますますチームで頑張っていきたいと思います。
LIXILの浄水技術とSuntoryの美味開発技術から生まれた新しいサービス「Greentap」

戸田 多美
株式会社LIXIL 水栓事業部 水栓商品部
国内地上波・米国系衛星メディアでの営業プロデュース業務を経て、(株)LIXIL(旧トステム(株))入社。宣伝・広報・ブランディングなど一貫してコミュニケーション領域に携わる。チームワークとセレンディピティ、旅とスキーとお茶が趣味。

小西 佐和子
サントリー食品インターナショナル株式会社 ブランドマーケティング本部
ウォーターサービスGで、Greentapプロジェクトリーダー。2008年にサントリーフーズに入社し、量販営業・自販機営業・営業推進本部ブランド担当・広域営業本部MDプランナー・デジタル担当等10年携わり、その後現在の部署であるサントリー食品インターナショナル(株)ブランドマーケティング本部に異動。トータル15年以上飲料に従事。

山﨑 博司
博報堂 クリエイティブ局 山﨑チーム クリエイティブディレクター/コピーライター
「言葉の力で、社会を動かす」をモットーに、コピーを軸にした統合キャンペーンや社会課題解決業務を手掛ける。受賞歴に、2021クリエイター・オブ・ザ・イヤー、TCC賞、TCC最高新人賞、ACCグランプリなど。